中国には「拼音学习机」という子ども向けのガジェットがある。キーを押すとピンインを読み上げてくれる機械で、日本でいえば通信教育の付録に近い雰囲気のものだ。通販サイトにも専用のカテゴリがあって、有声挂图(音の出る学習ポスター)から液晶つきの端末まで幅広く売られている。
あれをWebアプリとして再現してみた。声母・韵母・整体认读音节・音節表・四声を、音つきで確認できる。キーを押せば中国語の音声が鳴る。
中国語を習いはじめて最初にぶつかるのがピンインだ。表を眺めるだけでは、その文字がどんな音になるのかわからない。だから音を出せる形にした。
ツールに入っている6つのモード
上のタブで切り替える。
- 声母(23個): 子音にあたる部分。押すと読みかたと例語が鳴る
- 韵母(24個): 声母より後ろの、母音を中心とする部分。单・复・特殊・鼻の4グループに分けた
- 整体(16個): 声母と韵母に分けて拼まず、ひとかたまりで読む音節
- 音节表(407キー): 声母と韵母の組み合わせ。キーを押してから声調キーを押す
- 声调: ma・ba・yi など6組で、四声の高さの動きを聞き比べる
- 测验: 音を聞いて、正しいピンインを4択で選ぶ
各キーには順口溜(覚え歌)と例語を添えた。「张大嘴巴 ɑ ɑ ɑ」(大きく口をあけて ɑ ɑ ɑ)のように、口の形を言葉で覚えさせるやりかたは、市販の学習教材や学習機が昔から使っているものだ。
実機のほうは音節キーを押してから声調キーを押すと発音する。この操作もそのまま持ってきた。
音節表は声母=横・韵母=縦で組んである
音節表モードが、このツールの中心だ。
左端の列に声母、上端の行に韵母を置く。日本語の五十音図が子音と母音の掛け算になっているのと同じ発想で、中国の教科書に載っている音節表もこの形をしている。
使いかたは2ステップ。まず音節キーを押して音節を選び、次に下に並んだ声調キーを押す。すると、その声調をつけた発音が鳴る。
キーは全部で407個ある。表の枠そのものは792ある。縦が22行、横が36列だからだ。縦の内訳は声母21個に、声母を持たない音節(零声母音節)をまとめた1行を足したものになる。零声母音節には ā(阿)のように母音字ではじまるものと、yi・wu のように表記上 y・w ではじまるものの両方が入る。
横の36列は、韵母モードで覚える24個とは数えかたが違う。音節表のほうは ia・iao・uan・uang のように、声母と組み合わさったときに現れる綴りまで展開しているためだ。
792の枠のうち、このツールが音節として採用したのは407。残りは空欄になっている。
さらに、407音節それぞれに四声と軽声の枠を用意し、標準的な見本の漢字がある場合だけ割り当てた。登録した見本字は1170件になった。
数えてみると、四声が4つともそろっている音節は407のうち122個しかない。全体の3割だ。3つが148、2つが84、1つだけが52。つまり音節を選んだからといって、四声すべてが使えるわけではない。
埋まらなかった枠には「・」を入れてある。キーを押しても鳴らないのは故障ではなく、その音節と声調の組み合わせに、このツールで採用した見本字がないという意味だ。辞書の収録範囲によっては字が見つかる場合もある。
声母は「軽く短く」読む
ここからは、ツール作成にあたって参照した中国語ネイティブ向けのピンイン教材や、拼音学习机の設計思想から知ることができたピンイン学習のTipsである。
声母は23個ある。日本語の子音にあたる部分だ。
中国の教室では、声母を単独で読むときに母音を足す。b は bo(玻)、p は po(坡)、m は mo(摸)のように読む。これを呼读音(hūdúyīn)と呼ぶ。ツールの表示で「呼读音[ 玻 ]」と出ているのが、その音を漢字で表したものだ。
ここをカナで「ボ」「ポ」と書き分けないほうがいい。中国語の b と p の違いは、日本語のバ行とパ行のような濁る・濁らないの差ではなく、息を強く出すかどうか(無気か有気か)の差だからだ。
ただし呼读音はあくまで声母を呼ぶための便宜で、実際に音節を拼むときに添えた母音は付けない。拼音の授業では声母を「轻而短」(軽く短く)と教える。ba を「ボオアー」と伸ばして読んでしまう失敗は、ここを知らないと起きる。
なお「声母23個」は、y と w を声母の側に含める数えかただ。中国の低学年向け教材や、冒頭で触れた学習機の類が長く使ってきた形式で、このツールもそれに合わせている。
一方、1958年に定められた《汉语拼音方案》の声母表は21個で、y と w は入らない。この2つは i・u・ü ではじまる音節に声母が付かないとき、その先頭に立てる表記上の文字という扱いになる。日本語の教材で「声母は21個」と書かれていても、間違いではない。
韵母は4つのグループで覚える
韵母は24個。ツールでは中国の教科書と同じ順に、4グループへ分けた。
- 单韵母(6個): a o e i u ü
- 复韵母(8個): ai ei ui ao ou iu ie üe
- 特殊韵母(1個): er
- 鼻韵母(9個): an en in un ün ang eng ing ong
鼻韵母はさらに、前鼻音(n で終わる)と後鼻音(ng で終わる)に分かれる。日本語話者がもっとも苦戦するところなので、ツールでも別の見出しに分けて並べた。
韵母は声母と逆に「长而响亮」(長くはっきり)と教わる。声調符号を書くのもこの部分で、韵母の主要な母音の上に付ける。
この24個も小学校の教科書の体系で、音韻論の専門書はもっと細かく分類する。ただし学習の入口としては、この24個を押さえておけば足りる。
整体认读音节は分解しない
整体认读音节は16個ある。zhi chi shi ri zi ci si yi wu yu ye yue yuan yin yun ying だ。
見た目は「声母+韵母」に分解できそうに見える。だが小学校の拼音教育では、これらを一音ずつ拼ませず、ひとかたまりのまま直接読ませる。音として分解が不可能というより、教えかたの上でそう決まっている。
理由のひとつが母音のほうにある。zhi の i は、单韵母の i に zh を足したものではない。zi ci si の i も同じで、どちらも单韵母の i とは別の音だ。ここを取り違えると、zi と zhi の区別がつかないまま固まってしまう。
日本語話者がつまずく4か所
そり舌音 zh ch sh と z c s
zh ch sh は舌先を反らせて、上あごの前寄りに近づける。z c s は反らせず、舌先を上の前歯の裏あたりに置く。日本語にはこの対立がないので、耳で区別できるまで時間がかかる。なお r も zh ch sh と同じ舌を反らせる仲間だが、ここでは z c s と比べやすい3つを扱う。
ツールの声母モードで zh と z を交互に押すと、違いを聞き比べられる。
ü の点が消える条件
ü は j q x のあとでは、点を落として u と書く。ju qu xu の u は、実際には ü の音だ。
中国の教室では「小 ü 见了 j q x,去掉两点还念 ü」(小さい ü が j q x に会ったら、点を取っても ü と読む)という順口溜で覚える。
一方 n と l のあとでは点が残る。nü(女)と nu(奴)、lü(旅)と lu(路)は別の音なので、ここで点を落とすと意味が変わってしまう。
ü・üe・üan・ün に声母が付かないときは、yu・yue・yuan・yun と書く。これは j q x と組んだときの点の省略とは別に定められた、零声母音節の綴りかたの規則だ。結果としてどちらも二点が消えるので、教室では続けて教えることが多い。
音節表でこの条件に当てはまるキーを押すと、u の部分がオレンジ色で表示される。
前鼻音 n と後鼻音 ng
an と ang、en と eng、in と ing の区別だ。日本語では「案内(あんない)」と「案外(あんがい)」で無意識に区別しているが、意識して切り替えるのは難しい。
n は舌先を上の歯ぐきにつけ、鼻へ息を抜いて終わる。ng は舌先をどこにもつけず、舌の奥を軟口蓋(上あごの奥のやわらかい部分)につけて鼻へ抜く。
三声が2つ続くとき
三声が2つ続くと、前の三声は二声と同じ高さの動きに変わる。你好(nǐ hǎo)は、実際には ní hǎo と発音する。表記は三声のままなので、書かれたとおりに読むと不自然になる。
音の高さの動きは、声調モードの図で確認できる。
発音の癖は、自分の耳だけでは気づきにくい。録音して添削を受けられるサービスを使うと矯正が早い。以前に紹介した Speechling は無料枠でネイティブの添削が受けられる。
声が機械的に聞こえるときの設定
このツールは端末に入っている音声合成エンジンを使う。だから声の質は端末によって変わる。標準の音声しか入っていないと、かなり機械的に聞こえる。
- パソコン: Microsoft Edge を使う。設定パネルの選択欄に Xiaoxiao や Yunxi など Natural と付いた音声が並ぶので、そこから選ぶ
- iPhone / iPad: 設定 → アクセシビリティ → 読み上げコンテンツ → 声 → 中国語 で、高品質の音声をダウンロードする(OSのバージョンによっては「読み上げコンテンツ」が「リーダーと読み上げ」という名前になっている)
- Android: 設定 → ユーザー補助 → テキスト読み上げ で、使っている読み上げエンジンの設定から中国語(中国)を追加する。機種によってメニュー名は変わる
パソコンで Edge を勧めるのには理由がある。Xiaoxiao や Yunxi のような Natural と付く音声は、Edge が Web Speech API から呼べるオンライン音声で、同じ Windows でも Chrome や Firefox の選択欄には出てこない。Chrome で聞くと、いかにも合成音声らしい声になる。
選択欄に「★高品質」と出ている音声がもっとも自然だ。中国語の音声がひとつも見つからない場合でも、表示と学習機能はそのまま使える。
この記事の覚えかたの出どころ
ここまでに出した順口溜、呼读音の読みかた、「小 ü 见了 j q x」のような決まり文句は、筆者が考えたものではない。
中国で市販されている子ども向けのピンイン学習教材と、冒頭で触れた拼音学習機の類に載っている内容をまとめ直したものだ。中国の低学年向けの指導で広く使われている覚えかたで、日本人向けの中国語教材で目にする機会は少ない。
裏を返せば、中国の子どもがピンインを覚えるときに通る道をそのままなぞれる。理屈から入るより、口の形を短い言葉に結びつけたほうが覚えやすい場面もある。
ピンインの次に読む記事
ピンインを覚えたら、次は中国語のコンテンツに触れる量を増やす段階に入る。
- スマホをピンイン表示にする方法 — 端末のフォントを入れ替えて、漢字の上にピンインを出す
- Chrome拡張「Add Pinyin」でWebサイトをピンイン付きに — 中国語のニュースサイトをそのまま教材にする
- ピンイン付き単語帳をスプレッドシートで自動作成 — 単語リストからピンインを一括生成する
- 発音練習アプリ「Speechling」 — 録音してネイティブの添削を受ける
- 映像授業で中国語を独学できる「Chinese Zero To Hero」 — 文法を体系的に積み上げる
ピンインは入口にすぎない。だが入口を雑に通ると、あとから直すのに何倍も時間がかかる。音を鳴らしながら、口を動かして覚えてほしい。
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