10月1日は国慶節、1949年の中華人民共和国の建国を記念する祝日です。この日に合わせて、中国の国歌「義勇軍行進曲」の歌詞に、ピンインと日本語訳を1行ずつ付けました。歌うときの発音と、読むときの発音を切り替えて見られます。
じつは国歌の「的」は、歌うときは de ではなく dì と発音します。昔からの歌いかたで、2025年施行の国歌の点字規範も、点字をこの発音で書くと定めました。
この記事は2016年の国慶節に、歌詞とピンインを並べただけのメモとして書いたものです。2026年に全面的に書き直しました。
義勇軍行進曲の歌詞・ピンイン・日本語訳
ボタンで「歌うとき」と「読むとき」を切り替えられます。点線の下線が付いた字は、この2つで発音が変わります。ピンインや日本語訳を隠せば、覚えたかどうかの確認にも使えます。
立ち上がれ! 奴隷となることを望まぬ人々よ!
我らの血と肉で、我らの新たな長城を築こう!
中華民族に最大の危機が迫るとき
誰もが最後の雄叫びを上げざるをえない。
立ち上がれ! 立ち上がれ! 立ち上がれ!
我ら万人が心を一つにし
敵の砲火を冒して進め!
敵の砲火を冒して進め!
進め! 進め! 進め!
歌詞は中国政府網の掲載に従っています。日本語訳は当サイトによるものです。
原題は「义勇军进行曲」(Yìyǒngjūn Jìnxíngqǔ)です。日本語では「義勇軍行進曲」と訳すのが一般的で、原題の語順のまま「義勇軍進行曲」と書くこともあります。
歌うときと読むときで発音が変わる字
中国語の歌では、音の高さをメロディが決めます。そのため声調(音の上がり下がり)は、ほとんど聞こえなくなります。一方で、話し言葉とは音そのものが変わる字があります。
「的」は dì、「了」は liǎo で歌う
話し言葉では軽く de・le と読む「的」と「了」を、国歌では dì・liǎo とはっきり発音して歌います。国歌には「的」が7か所、「了」が1か所あります。
これは古い発音の名残です。北京語の「了」はもともと liao と読み、lo、la を経て le まで弱まりました。「的」も di から da を経て de に変わっています。
こうした変化は、清末から民国期にかけて進みました(言語学者・郭鋭による《清末民初北京话语词汇释》の序文)。話し言葉が軽い発音へ移る一方で、伝統的な唱法や改まった内容の歌には古い発音が残りました。国歌も、その発音で歌い継がれてきました。
この歌いかたは、2025年に規範として文書にもなりました。国歌の点字規範《〈中华人民共和国国歌〉国家通用盲文方案》です。教育部・国家語委(国家語言文字工作委員会)・中国障害者連合会が2024年末に発表し、2025年3月1日に施行しました。
点字は発音を書き表す文字です。国歌を点字にするには、「的」「了」を普通話(中国の標準語)の読みで書くか、歌うときの発音で書くかを決める必要がありました。結論は、7つの「的」と1つの「了」をすべて歌うときの発音で書くことでした。
最終的に判断したのは、中国人民解放軍軍楽団の元団長・于海氏です。点字で読み取った音が、そのまま歌う音になるように、という考えでした(新京報)。
規範が歌いかたを変えたわけではありません。昔からの発音に、点字の表記を合わせたのです。なお規範は「的」を声調付きの dì で書いていますが、歌では声調の差はほぼ聞き取れません。
「时候」の「候」は hòu で歌う
「时候」は、話し言葉では後ろを軽く shíhou と読みます。国歌では4声の hòu で、はっきり歌います。
点字規範が歌うときの発音で書くと明言したのは、「的」と「了」だけです。ただ、于海氏は点字規範の制定を振り返った文章で、この「候」も取り上げています。理由には、言葉の強調やリズム、国歌らしい改まった語り口などを挙げています。
読むときだけ声調が変わる字
歌うときは、声調を気にしなくてかまいません。ただ、歌詞を読み上げるときは、普通話の変調(前後の音による声調の変化)で声調の変わる字があります。
- 不愿 → bú yuàn(「不」は後ろに4声が来ると2声になる)
- 把我们 → bá wǒmen(3声が2つ続くと、前の字が2声になる)
- 万众一心 → wànzhòng yì xīn(「一」は後ろに1〜3声が来ると4声になる)
ピンインの正書法では、変調する前の声調(bù・bǎ・yī)で書くのが決まりです。この記事の「読むとき」表示だけは、実際に聞こえる声調で書いています。
| 字 | 歌うとき | 読むとき |
|---|---|---|
| 的(7か所) | dì | de |
| 了(到了) | liǎo | le |
| 候(时候) | hòu | hou |
| 不(不愿) | bù | bú |
| 把(把我们) | bǎ | bá |
| 一(一心) | yī | yì |
「血肉」の「血」は、規範では xuè
国の基準である《普通话异读词审音表》(1985年)は、「血」を熟語や成語では xuè、話し言葉で単独に使うときは xiě と読むと定めています。「血肉」は熟語なので、規範どおりなら xuèròu です。
ただ実際には、規範にない xuě と読む人がいちばん多いという調査があります。この結果を受けて、教育部が2016年に公表した審音表の改訂案は、「血」を xuě に統一する案を示しました。
しかし反対が大きく、正式な採用には至っていません(光明日報『文摘報』2019年)。いまも有効なのは1985年版です。
国歌の点字規範で「血」をどう書いたかは、公開の報道からは確認できませんでした。この記事では規範どおり xuè と書いています。
義勇軍行進曲とはどんな歌か
もとは1935年の映画『風雲児女』(风云儿女)の主題歌です。上海の映画会社・電通影片公司(日本の電通とは無関係)の作品で、作詞は劇作家の田漢、作曲は聶耳です。
聶耳は同年4月に日本へ渡り、日本で仕上げた楽譜を上海へ送りました。映画は5月に公開されています。
その聶耳は、映画公開から2か月もたたない1935年7月17日、神奈川県の鵠沼海岸(現在の藤沢市)で泳いでいる最中に亡くなりました。23歳でした。藤沢市も公式サイトでこの経緯を紹介しています。
建国直前の1949年9月27日、中国人民政治協商会議の第1回全体会議が、正式な国歌ができるまでこの曲を国歌とする決議を採択しました。
文化大革命の時期には、作詞者の田漢が失脚し、歌詞は歌えなくなって演奏だけが残ったとされます。1978年3月5日には、第5期全国人民代表大会(全人代)の第1回会議が、曲はそのままに、集団で作った新しい歌詞を採用しました。
しかし1982年12月4日、第5期全人代の第5回会議が決議を採択し、国歌を田漢の元の歌詞に戻しました。いま歌われているのはこの歌詞です。
2004年の憲法改正で、国歌は憲法に書き込まれました(現在の第141条)。2017年には国歌法ができ、同年10月1日に施行されています。
国歌法は、定められた歌詞と楽譜どおりに歌うこと、商標や商業広告に使わないことなどを定めています。公共の場で歌詞や曲を故意に改変したり、ゆがめた形で歌ったりすると罰則があります。
国慶節と「開国宣言」
中国では、国慶節から大型連休に入ります。2026年は10月1日(木)から7日(水)までの7連休です(国務院の通知)。
休日の振替で、9月20日(日)と10月10日(土)は出勤日になります。今年は中秋節(9月25〜27日)とはつながっていません。
1949年10月1日の建国式典(開国大典)で、毛沢東は天安門の上からこう宣言しました。
同胞们,中华人民共和国中央人民政府今天成立了!
Tóngbāomen, Zhōnghuá Rénmín Gònghéguó Zhōngyāng Rénmín Zhèngfǔ jīntiān chénglì le!
同胞のみなさん、中華人民共和国中央人民政府は、本日成立しました!
中国語の発音をもっと練習したい人へ
国歌をきっかけに、発音や中国語そのものを練習したくなった人へ。当サイトの関連記事を紹介します。
- 音が出るピンイン表:中国の子ども向けの「拼音学習機」をWebアプリで再現したもの。声母・韻母(ピンインを組み立てるパーツ)や音節表のキーを押すと音が鳴るので、声調の聞き分けに使えます
- Chinese Zero To Hero:「HSK標準教程」に沿った映像授業で、中国語を独学できるオンラインレッスン。単語練習などの無料ツールも充実しています
- Speechling:フレーズを録音して送ると、コーチから発音のフィードバックが返ってくる練習アプリ。一人でもスピーキングを練習できます
※2016年10月1日公開。2026年9月に全面改訂しました。